薬物依存症、アルコール依存症からの回復をサポートするリハビリテーション施設 潮騒ジョブトレーニングセンター(鹿嶋潮騒ダルク)

回復のプログラム
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薬物依存症のR

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私が最初に薬物を使用したのは、中学生のときです。周りの先輩に勧められてシンナーを吸いました。そのときは依存的になったりはせず、つきあいで数回吸った程度でした。その後、高校に進学し、大学に進学し、その間は薬物とは無縁の生活を送っていました。しかし、大学3年生のとき、タイへ旅行に行き、そのとき友人と一緒にマリファナを吸いました。マリファナは吸ってもあまり楽しくもなく、逆にいやな気分になるくらいでしたので、それも依存的にはなりませんでした。その後、アルバイト先の飲食店で知り合った人から、覚醒剤をもらいました。覚醒剤はそれまでのどの薬物より強力で、元々怠惰な性質の私にはぴったりの薬物でした。これがあれば、何でも可能だと思いました。大嫌いな掃除もいつまでだってできるし、それになんの苦労もなく、痩せられる。それで、すぐに覚醒剤にはまりました。大学を卒業しても定職につかず、覚醒剤をやりながらたまに働いて、お金が入ると覚醒剤を買い込んでずっと家にこもる、ということを1年半くらい繰り返していました。
そのころ、また私の人生の転機が訪れました。知人の紹介でデザイン会社に紹介してもらったのです。大学でデザイン科に通っていたこともあり、何の経験もない私でしたが、その会社は私を雇ってくれました。そしてこのことで私の人生も好転するはずだと、自分では思っていたのですが、状況はもっと悪くなりました。その会社に出入りしていた組関係の人と知り合い、薬を手に入れるようになったのです。覚醒剤をやっている人はわかると思いますが、彼らは仲間が欲しいのです。なので、私もその人からタダで覚醒剤を譲ってもらうようになりました。それまでは吸引で摂取していたのですが、そのころからは静脈注射をするようになりました。その後5年間くらいは、ずっと覚醒剤にはまっていました。最後の頃は、覚醒剤がきれると、床に落ちているホコリやチリをかき集めて、水に溶いて注射していました。妄想もひどくなり、何度となく大声で人を罵り、暴力をふるい、物を投げつけました。自分の身体も血が出るまで、傷つけました。
そのころから、覚醒剤をやめなくてはと思い始めました。しかし、いくら頑張ってもせいぜい1ヶ月しかやめられませんでした。1ヶ月やめてはまたやって、ひどい状態になり、周りを失望させる、ということの繰り返しでした。薬をやっていないときは、四六時中インターネットをしていました。そこでダルクの存在を知りました。自分ひとりの力ではやめられないということに、何となく気がついていたころだったので、入寮を決意しました。私が薬物を使用していることを知らない両親に、一大決心で自分の現状を打ち明け、入寮させてほしいと頼みました。こんなことを言ったら、ひどく怒られるか、勘当されると思っていたのですが、意外にも両親は、何も言わず了解してくれました。
それから始まったダルクでの生活ですが、やはりそこでも覚醒剤を絶つことはできませんでした。1ヶ月くらいやめて使用するということの繰り返しです。その状態が半年くらい続きました。施設に入ってもこんな状態なら、もう覚醒剤をやめる方法はないのかもしれないと思い、やめることができない自分に絶望しました。私は、毎日のようにひとりで泣いていました。そんな私を見るに見かねてか、ダルクの施設長が私に声をかけてくれました。施設長は、「自分を責めてはいけない」ということと、「ミーティングに欠かさず出るように。」という助言をくれました。施設長や他の入寮者は、薬を使わずに生きていて、私はその事実だけを信じ、きっと自分もこうなれるんだという希望を持ちました。それから、しばらくたち、私は薬が止まり始めました。それから、徐々に薬をやめる期間が、3ヶ月、半年、1年、とのびていき、今では2年間やめ続けています。ダルクを退寮し、デザインという仕事にも戻ることができました。毎日忙しく働いています。この先どうなるかはわかりませんが、今日一日を大切にし、薬物で失った時間の分も、精一杯生きていこうと思います。

潮騒ジョブトレーニングセンター

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