2015年4月の句
さくら
今はなき学校桜そして母
しま
最近の人口減で過疎地の村などが消える報道もありますが、学校の統廃合は多くあり時代の移りを思います。日本では桜の頃に卒業入学があり、ことに地方の学校では校庭の桜が懐かしい、その学校も廃校になり、また甘えた母も既に亡い、自分の齢と今を顧て切々たる句です。
故郷の桜されども一本松
コバ
一本松は先の大地震で残った陸前高田市の松のことで今は枯れたが希望の松として幾多の加工をして現存する。樹齢約百八十年、高さ二十五メートル、径九十センチ。桜も美しいがこの松の方が思いが深い、震災の復興を祈り故郷を偲ぶ句でもあります。
遺児として七十二歳花の下
ユタカ
今年は戦後七十年を迎える節目の年でもあり、戦中戦後に生きた人には諸々の思いがあります。七十二歳の今も遺児として靖国神社に詣でたのか。私の父もビルマで戦死したので、「七十の遺児とし祀る終戦忌」などの句がありますが、古来から武士に愛された桜の下で亡父を偲ぶ句です。
桜舞ふ追いかける子も舞う如し
イシダ
幼い子は何事にも興味を持ち、公園などで蝶や蜻蛉なども追い駆ける、桜が舞い散るとそれにつられて追うがまだ幼くて左右に揺れながら追いかける。桜の咲く公園の日和も穏やかで家族の微笑ましい姿を彷彿する句です。
桜見て時の移りの早きかな
コジ
人も若い時は時間も湯水の様にある思いで遊びにも明け暮れるが、年を重ねる度に年日の経つのを早く思う。昔は人生五十年と言われたが今は八十年、人間少しは自分らしく生きたいとも思う。桜を見ながらしみじみした句です。
子の笑顔桜の様に咲きほこる
イチ
桜は昔からパッと咲きパッと散るを好かれたが、幼稚園児などは元気良く明るいし素直で似ているかも。花はみな女子に例えられるが桜もまた名前に用いて可愛い。微笑ましい句。
桜咲く家族遠きに淋しき日
マジエ
人には様々な理由に家族と離れて生活することがある、ことに現代では海外出張など多い。昔はこの鹿島から防人が集められたので、「わが妻はいたく恋ひらし飲む水に影さへ見えて世に忘られず」など万葉集にある。ことに山桜など見ると故郷や友や恋人を思う。しみじみした望郷の句でもあります。
城山の桜の下の俳句会
コバ
は曲水など貴族が屋敷の中の川の傍で歌を詠んだが、こうして城山に句会を開くのも趣きがあります。景の見える句です。
曇り空咲ひて七分の桜かな
ジョー
俳句を好きになると、曇りも雨も晴にもまた、蕾みも三分も満開も散る時も夫々の趣が見えて詠みたくなりますが、花は七分咲きが一番綺麗かも知れません。艶冶を秘めて美しい句です。
城山の桜の下の茶店かな
アベ
茶店は街道の峠や観光名所の傍に多いが、花見の城跡などに臨時に設けられる。人の多いのも困るが、その城跡の謂われなど想いながらの休憩は趣きがあります。心安らぐ句です。
おもしろき事もなき世の桜かな
とん
日本では古来から秀吉の醍醐、吉野山の花見など有名で今では全国で誰もが花見をするが、その花見程に面白い事が個人にも国にもあるわけではない。しかし桜が咲くと花便りが報じられてしばしの花見に憂さを晴らす。俳諧の哀れを込めた句です。
桜咲き吾子の誕生思い出す
すみれ
子供さんは桜の咲く四月生まれ、毎年の桜の咲く度にその日を思い、今の自分を思う。女性にとって子を産むことは命を繋ぐことであり何より大事な生涯の仕事でも あります。桜の様に人に愛され元気に育って欲しいと願う句でもあります。
瞼閉じ故郷の桜懐かしむ
鬼
誰にも故郷がありまた思い出の山や花がありますが、桜は特別に思い出が深い、それは学校などで何年も見るからかも知れません、里を離れても桜の花を眺めると、故郷の桜が懐かしい。私には朴の花が思い出の花で家の向いの山と共に今も心に残ります。「朴ひらき大和に花をひとつ足す」澄雄が私の師の句で床の間に飾っております。
桜咲き孫の合格祝ひたる
オノ
「桜咲く」は大学等の合格の電文でもあります。私も会社の試験に合格した昔が懐かしい句です。
ほほ染めて桜のトンネル散歩道
レイコ
これは何処の散歩道だろうか、今では桜並木も多くありますが、大阪の造幣局などは何度も訪ねて懐かしい。薄い紅の花びらが日に頬も染める。少しの艶冶を込めた句です。
夜桜の隅田川なる屋形舟
ヒロ
原句は少し変えましたがこれで景の見える句になります。以前は潮来でもアヤメの頃屋形舟があり何度か宴に出かけました、隅田川には花火の頃にも舟が多くあり趣きがあります。