2019年12月の句
年の瀬
アメ横や声が飛び交ふ年の暮
コバ
アメ横は戦前は民家や長屋の下町であったが、空襲で焼けた跡にバラックや露店が並び進駐軍の放出物資や引き揚げ者が飴など売っていたのでアメヤ横町の名が付いたと言われ、その後近藤マーケットが出来八十余軒を収容管理して今のアメ横になったと言われる。年の瀬には売り声や人出で大混雑するが風物詩でもある。実感の句。
古里を遠く思ふや年の暮
のん
故郷は遠くにありて思うもの、は古来からの謂 れですが、飛行機や新幹線の現代でも同じ思いが します、年末には多くの人が帰郷するが帰郷出来 ない人は余計に里が恋しく父母も懐かしいく思え る。齢と共に切々の句です。
年の瀬や使はず飲まず今日一日
タナカ
この、使はず飲まずは薬物や酒のことだが、それを断ち切ることは苦難を要する。それでも一日コバアメ横や声が飛び交ふ年の暮特選句一日を耐えて今年を終え来年を迎える思いの切実の句。またテレビの報道を見る度に人間の業の深さと哀れも思います。
年の瀬や願う百寿に遠筑波
ゆたか
十二月も半ばを過ぎるとこの一年の終わりを思い、また歳を重ねる感慨も湧きます。願わくば百歳まで生きたいと思う、冬晴に浮かぶ男神女神の遠筑波に祈る。感慨の句。
黄銀杏の大樹天突く大隈公
ゆたか
この詠は早稲田大学講堂前の大隈重信公像と思 いますが大隈公像は日本に四ヶ所あるのでこの句 では何処か解りませんし主体が銀杏にある句に思 えますので、 「晴天や銀杏黄葉の早稲田校」 「秋声や大隈公の像の前」 などで解り易くなり、大隈公の像に向くと公の声 が聞こえる様にも思えます。秋声(しゅうせい) は実際の声や物音、風音などを疑化して何かの声 として聴く季語です。 大学受験とは凄いですね、大隈公像も応援して くれるでしょう。
年の瀬や鏡に映す皺の顔
オノ
年の瀬も残り少なくなり散髪屋などに行き髪も整え顔も剃り普段とは違う顔が鏡に映る、少しは若く見える気もするが皺は増えた様にも見える。また一つ齢を重ねる老いの思いの句。
書き溜めし文に目をやる年の暮
ゆーみん
書き溜めし文は日記か、メモかまたは句かも。年の瀬に文を眺めながら過ぎた月日を顧みる、忙中の心安らぐ一時の句。「書き溜めし句帳眺める年の暮」でも実感の詠になります。
年の瀬や家族団らん思ひ出す
しげ
戦前までは三世帯も珍しくなかったが、復興と共に都会で働く人が多く核家族化になった。どちらが良いかは別にしても三世帯が揃って過す除夜などは金銭に代え難い至福と言えます。
年の瀬の流るる雲の早さかな
シュウ
瀬は川の浅く流れの早い意で、年末に何かと忙しく時の過るのが早い意味で年の瀬と言われる。一日は二十四時間で同じだが冬は昼間が短いので余計に一日の早さを思う。眺める雲も流れて今年も過ぎ去る思いを深めるしみじみした句です。
餅おせち子供が戻る年の暮
しま
盆や正月には都会などで働く子供達が帰省する、親は子供の好物の料理など揃えて待つ、子や孫の顔を見るのも老いた親には元気の素にもなる。子を思う微笑ましい句です。
晦日そば年を忘れたふりをして
あべ
蕎麦は奈良時代以前に伝わり、十六世紀頃今の蕎麦切が出来たとも。蕎麦は年三回も収穫出来、米の代用になり飢饉から救ったので今でも長生きや幸をもたらす縁起の食べ物。老いの歳も忘れたふりで年越しそばを食べるのも俳諧の句。