薬物依存症、アルコール依存症からの回復をサポートするリハビリテーション施設 潮騒ジョブトレーニングセンター

俳句集

施設長ゆたかの俳句

終戦忌父の遺影のセピア色

日本国は昭和二十年八月十五日ポツダム宣言を受託、この日が終戦記念日となった、その頃生まれた私も七十半ばになる、戦後の貧困、復興、定年など諸々の思いは深い。セピア色の鳥賊の墨色のことだが私にも父の軍服のセピア色の写真が一枚残る、句の作者と共にしみじみと父を偲びます。

父いまだ帰らざる沖胡瓜馬

孟蘭盆会は推古天皇の六0六年からあり上層階級で行われた江戸時代に庶民にも広がった。迎え盆の日精霊が早く来る思いで胡瓜馬を、遅く帰る思いで茄子の牛を供える。作者の父は戦死で遺骨がまだ帰らないと聞く、鹿島灘の沖を眺めながら父を待つ切々の句で胡瓜馬に思いが籠る。

蚊帳内の幼なの頃の蛍かな

私の田舎でも子供の頃は庭にまで蛍が来たので捕まえて蚊帳の中で遊んだのが懐かしい、ことに蚊帳の中は特別なムードが漂い子供心にも少しのメルヘンやロマンを思いました。懐かしい句です。

相席の会話の弾む和布和え

相席は見知らぬ者が居酒屋やバスなどで席を隣にする事、何かのはずみで話を始めると、故郷が同じであったり、同業であったり、行く先が同じで話が弾む事がある。この詠は和布和えに、居酒屋など思い田舎も彷彿とする、東京などで思わず窮地に会ったのかも知れない。和布和えの季節もしみじみして故郷を思う句です。

日も月も色は菜の花安房の国

菜の花や月は東に白は西に…蕪村 を思いますが、この詠は日も月も菜の花の色の様に黄色と言うので違い、また安房の国相応しい句とも言えます。千倉の花畑や九十九里の浜辺に立つとそんな思いがする旅の句です。

百歳の辿り着かなむ雪の富士

昨年の統計で百歳以上は男八三三一人、女六一四五四にんと言う、女性の高齢にも驚くが男が百歳へ辿り着くのは厳しいとも言える。人生の生き甲斐は諸々にあるが、寝たきり状態は哀しい、五体の動く今が幸せかも知れない。雪の富士を遠見にまだ百歳へも遠き我が身を重ねる俳諧の句です。

冬休み部屋の主の引き籠り

現代は子供も大人も現状の社会の波に乗れず家に籠る方も多いが、この詠は普段は多忙の人かも、やっと冬休みや正月休みになり自分の部屋で趣味に没頭したり思う存分寝転んでいるのかも、への主と言うも面白い表現の句です。また昔は三世代が共に住んだが今は核家族の時代、夫々の長短はあるが人が暮らすと言うのも難しい時代と思う。

年の瀬の電池残量警告灯

電池が切れるのは年の瀬ばりではないが、年末は通話も多く充電も忘れがち、また人も多忙で疲れ気味にもなる。現代の世相を思う俳譜の句です。

事故死てふ葬儀や冬の流れ星

有史以来人の死も病、老死、災害、戦争、など様々ですが事故死はある日突然なので親族友人の嘆きも深い。また近代文明は自動車飛行機など開発したが全てが幸せでなく事故もある。流れ星も億万の中から流れ消える、それらを思わせ切々の句です。

順番を待たぬ死もあり夏の果

毎日の新聞テレビを見ても事故災害の無い日は稀で、身近にあると哀しい、有史以来戦争があり台風や地震豪雨などで老若の順番なしに死はある。故に今を懸命に生きる事かも。しみじみした句です。

おだ掛けの大子の棚田稲を刈る

おだ掛けは、茨城、千葉県の方言で稲架のこと、大子は袋田の滝の近くで山間の人口一万七千の町、従って田畑も棚田や山の畑が多い、昔は佐竹藩、江戸時代は水戸藩に属した。その頃小生瀬事件などあったと伝わり貧農の悲劇でもある。棚田は故郷を偲ぶ句。

鎮魂の水のたぎりや敗戦忌

八月になると広島長崎の原爆忌から十五日の終戦忌まで国の慰霊祭が続く、その度に献花や献水が行われるが、その水も溢れるほどである。私も色島尾原爆記念日の映画を見て献火ではなく献水が良いと思ったのですが、長崎は献水であった。「原爆忌万の水瓶奉る可し」が私にあり懐かしい句です。

死を奉じ御神となりぬ盆の墓

死を奉じるといえばやはり戦争を思い切ない、今靖国神社では二百四十万六千余柱が祀られている、それは国為に奉じた方で「神霊」又は大神と言う。昔の武士の戦いは個人や一族の出世もあったが現代は違う。私も戦争遺児として諸々の思いに生きる、盆の霊への追悼句。

死と言ふは何時も突然燕子花

訃報は必ずしも突然ではないが殊に遠方の縁者や友人のは突然が多く、また報道の事故などは予測し難い。この詠の訃報は女性の方かも、燕子花の紫も一入に哀れを誘う句ですし、人に死があることを思い日々を懸命に生きることも切々に思います。

欲棄てて心身軽き更衣

人間には、食欲、睡眠、性欲、物欲、名誉の五大欲がありそこから百八に別れ更に八万四千の細かくに欲煩悩があると仏教に言う、それは生き継ぐために大事な欲でもあるが災いにもなる、齢と共に適度な欲に心も身も軽く暮らすのも老境の悟りと言うものである。俳譜の句です。

お出掛けの春着の腕の防寒着

春も三月や四月の初めは寒暖の変化も大きく、また地方によっては雪の降る所もある、女性の春着は薄くカラフルで綺麗だが、防寒着を持つのは遠方の旅かも。または夕方の予報を見ての準備かも。面白い句です。別句は「千切れ来る彼岸の雲や鹿島灘」が良いです。

筑波領の膨るる気配入り彼岸

筑波さんは古来は歌会の山として名高く、常陸風土記には祟神帝の御代に派遣された国造りの筑箪命が自分の名を後の世代に残そうと、元は紀国行ったのを筑波に変えたと記されています、彼岸になり日も暖かく霞なども出て冬はゴツゴツした領も柔らかく膨れて見える。筑波山はこの神栖からも見えるし何度も訪ねて懐かしく早春の筑波の実感の句です。

初太鼓木々の木霊の息栖森

近年の正月は鹿島灘太鼓連の太鼓が息栖神社に奉納され如何にも初詣らしい気分を味わえる。勇み良く打つ太鼓の音も森の木々に木霊して神々しく思える。私にも『息栖宮掲ぐ纏の初御空』が懐かしい句です。また息栖神社は応仁天皇の御題目川に創建、八〇七年に今の地に遷宮、久那戸神なども祀る。悪霊病疫を祓い、又港の神、道の神の意もある。

立札に鹿島の鹿の由緒かな

その昔天照大神の使いとして天迦久神が鹿島の武甕槌命と香取の経津主神の社に来神された出雲の大国主命と国譲りの交渉をする様命じられた、その天迦久神は鹿の神霊であったので今でも神宮では神鹿として飼う。また弥徳帝の恩代、平城京鎮護の為に武甕槌命は白鹿に乗って鹿島を発たれたので春日大社でも鹿を飼う謂れがあります。それらの昔を立札に偲ぶ句でもあります。

目高の子目二つで泳ぎける

目高は大きくなっても数センチなので稚魚は目玉だけが生きている感じでもある。私は釣りなどで水に透く鯊の稚魚をよく見かけますが、同様です。この詠もまた幼き者への哀悼の句と言えましょう。

押し寄せて子等の歓声海開き

今年の関東地方は梅雨明けはまだだが、海開きは十六日に多くの所で行われた。神事の後に歓声を上げて海へ入るが子供たちの元気な声に夏の来るを思う。私の子供の頃は泳ぐよりも栄螺や鮑などを取るのが楽しみでよく海に行った、懐かしい句でもあります。

手庇に農夫見回る青田かな

農家では田植え後も見回りをして水の管理や雑草を取る今では水もポンプで汲むが昔は水喧嘩などもあった。この近くの旭市干潟の干拓田は江戸時代から初めて昭和の中ごろにやっと水利も良くなり八万石といわれる様になった、晴れた日に広い青田を見守る実感の句です。

若水や墨する音のかそけくも

新年二日は書初めや筆初めで若水を汲み墨を摺る、その音は静かで少しだが丁寧にゆっくり心を込めて摺る。京都の菅原道真公を祀る天満宮では二日から四日までに天満書の行事などがある新年に相応しい句です。

寒に入る無力と言える悟りかな

仏語の悟りは真理を知る覚悟をすることでもあり、修行僧が座禅などで悟りを開きますが、俗人も日々の生活の中で生きる術を知るし、大自然の地震台風水害などへもすべては逆らえない無力を悟る。ならば大寒の寒さもその自然に従って無理をしないことで日本の四季を愛ずことも生き方のひとつであろう。齢を重ねたしみじみした句で牌譜を詠むにも習い

歌の碑や見下す崖の紅椿

この歌碑は何処で誰の歌だろうか、例えば伊豆城ケ崎のつり橋近くには城ケ崎ブルースの歌碑があり眼下の崖も恐ろしい。伊豆には山にも海辺にも椿が多く以前に天城の踊り子街道を訪ねた日が懐かしい句です。

南国の奄美の里の椿林

この甘みの里は鹿児島市に在る観光施設かも、そこには日本庭園やレストラン、大島紬など楽しめる、暖かい南国では早くから椿の林にいろいろな種類の花が咲くであろう、昔に石垣島を訪ねましたが懐かしい句です。

谷一つ野焼の煙覆ひけり

昔は山焼き、畑焼き、野焼き、蘆焼きなどがあり、害虫の駆除や灰を肥料として、麦、蕎麦、小豆、菜種など育てるが今では椎葉村の畑焼き、秋吉台の山焼き油、渡良瀬川の蘆焼きが有名。この詠はどこかの山里の野焼きか、風の少ない日に土手や草原を焼く、その煙が山村の谷を覆うのも私の里を彷彿とさせて懐かしい句です。また、『カレンダー祝ひの丸も梅の花』も佳作。

冬市場能登の漁婦どち車曳き

能登の朝市は有名で朝早くからリヤカーなどで漁婦や農婦たちが露天の準備をする、会話も店を見て回るのも楽しいが母や祖母似の人に会うと胸も熱くなるし小雪の散らつく日などは哀れにも思う。昔に母や縁者の叔母も行商をして家計の足しにしていたのを思う句です。『寒鰤の丼の羽振りも能登の海』も佳句です。

梅鉢の商家の家紋加賀おでん

梅鉢紋は加賀百万石前田家の紋で昔は使えないが今では商魂逞しく使う。又おでんの具に蟹、トウモロコシ、梅貝などあり、夏でもおでんがあるのが金沢の特長。旅の当地への挨拶の句でもあります。

畒々に茎の色艶蕎麦の花

蕎麦は春と夏撒き、筋撒きとばら撒きがあるが昔は焼き畑でのばら撒きが多かった、米の代わりに窮耕作物でもあったが白い花と淡い紅色の茎は可憐で素朴でもある。この詠は筋撒きで茎の色艶も美しい句です。最近は蕎麦ブームで畑でも多くなって信濃の旅の風物詩でもある。

筑波嶺のいま夕焼の里紅葉

筑波山は古来から歌会の山でも有名、また山麓は果物の産地で桃、なし、葡萄、柿、蜜柑などを産する。ことに夕焼の西側の千代田や小野の里は柿の紅葉も憐れも秘めて美しい。仕事で何度も通ったので懐かしい句でもあります。

行く人の染まりて淋し紅葉山

紅葉は赤や黄色で見た目には華やかだがどこか淋しい思いがあります。それは散る目前や人の晩年にも似るからでもありましょう。紅葉狩りの人が染まりながらも行く背は少しの哀愁もあり俳諧の句でもあります。

柚子落つる次ぎの世もまた男たれ

この詠は追悼の句でもあり、また自分の願いでもある様です。柚子はまだ小さい頃と熟れ残ったのが多く落ちます。来世は男か女かに生まれるのが幸せかは解りませんが、歳を重ねると諸々の思いに浸るしみじみとした句です。私に『柚子の実や返せもせずに父母の恩』があり、里を懐かしむ思いもあります。

遺骨なく墓なく盆の七十年

作者の父は何処の地で戦死だろうか、今も各地に帰らぬ遺骨が多い。今年は戦後七十年で私も遺児だが児と言うより老人である。墓も無きは特別な事情があるのかも、せめて亡父の墓に盆参りしたいと思う切々とした句。

迎え盆そこに父母在すごと

盆は地方により日が異なるが、大方は八月十三日からで会社の休みに合わせる。その迎え盆の仏間には父母がすでに座しておわす思いの句でしみじみする。また、「魂棚やそこに父母在すごと」でも想いが籠ります。

親の役これでよしかや時鳥

時鳥は初夏を告げる鳥ですが、卵を鶯の巣に産み育てて貰う習性があるとも、子供の虐待の多い現代でもあり人の事も思い合せて俳譜の哀れを込めた句です。不如帰、子規などとも書き、鳴いて血を吐く鳥とも言い、正岡子規が従軍記者の時帰国途中船の中で喀血したことから俳号にもなった謂れがあります。

迷い亀古き館の裁判所

裁判所は人を裁く厳粛な所である、この近くでは麻生にあるが訪ねたことはない、そこへ亀が迷い込んでいるのかも。人も迷い罪を犯すが亀の迷いもそれらを込めて俳譜の哀れもある句です。

想い出の引き出し開く<粽かな

人夫々に思い出の食べ物があり、粽もまた故郷や母を思う食べ物の一つ、私には柏餅が思い出にあり、柏の葉を採りに山へ行ったり祖母が蒸す竃の火も懐かしい。句の作者も粽を食べながら子供の日を懐かしむ句です。

新緑のふくれふくれし雑木山

雑木山は芽吹き、若葉、青葉、黄葉そして冬の枯木と年中姿を変えて楽しいが、詠の様に新緑の頃は山が膨れる様でもあります、私の故郷島根の石見地方は高い山は無く石山が多く雑木山なので冬は縮み芽吹きで膨らむ感じなので、「山々は芽吹きにふくる石見国」があり懐かしいです。

若き竜一召さるる天も桜散る

作者の説明では仲間の逝去の詠とのこと、古来桜は春を告げる花ながら潔く散る武士の哀れも表す。この世の桜も散るが仲間の逝く天国の桜も散る、仲間への哀悼の句で悲しく切哀の思い出もあります。合掌。

立ちすくむ我も矢面春嵐

春嵐は春疾風とも言いことに関東ローム層の砂塵を巻き上げての嵐には立ち竦む、嵐は九月頃の気候の変わり目にも吹くが春の桜など一度に散らす。矢面に嵐のみならず人事の思いも混めて俳譜の句でもあります。/p>

五十路の娘試験合格福寿草

何の受験か知れませんが合格は目出たい、庭の福寿草も祝う様に咲く。私も俳句の同人資格を得るため定年後三年東京に通ったが人生何かの目標があると老いても楽しい福寿草の咲き始めは金杯の様でもあり岩井の句です。

ペンノート持ちて句心春の海

春の海は波も穏やかで遠くは霞んだりして茫洋としていますが、瀬戸内海などではその霞みの島影に句心も生れるし旅の思いも広がる、また鹿島灘の様な沖に何も見えないのも無心の広がりがあり詩心の句です。

一重八重妻の名も八重水仙花

水仙の八重咲きは改良品種が多いが黄色の八重咲きは野水仙より豪華で明るい感じがする。城ヶ島の八重水仙は有名で色は白色である。名も八重に明るい性格の妻を彷彿しまた妻への賛歌の句です。

浮かび出ぬ文字を掌にこね春浅し

何か書こうとしても漢字を思い出せない時がある、手の平に書いてみるが違うかも知れない。春もまだ浅く草の芽も出ないのと同じ思いかも知れない。実感の句です。

春の雨幸福駅に二人旅

幸福駅は今は廃線となった広尾駅に観光駅として残る、以前は愛国駅と共に人気になり何万枚ものキップが売れた。その北海道の二人旅で春雨にロマンの句です。

空梅雨の雲を追いかけ観覧車

大きな遊園地には大観覧車があり、乗ると空へ登る思いになるし綿雲を追いかける気もする、空梅雨で晴れて遠景の山や海もすばらしい、子どもの歓声が聞こえるような句です。

我が胸に死者の魂生き冬日向

永年付き合った友や育ての父母などの死は何時までも胸に在るし、子や妻は特別に思い深い。句の作者の魂は何方だろうか。冬の日向の温もりのように胸に生きている。

寝正月寮の静けさ不気味なり

ぎざぎざの割目の縁起鏡餅

奈良遷都畝傍春日も遠霞

草萌ゆる煉瓦狭間の土温し

色里の名残り潮来の春夕焼

川の字の主役は赤子昼寝かな

奥久慈の峠に立ちて風薫る

秋保の湯粒あんおはぎ梅雨最中

相模灘遥かに望む盆の墓

新月や誓ふ断酒の今日一日

筆島の細るばかりや野分余波

百燈の中の我が家年の夜

如月や古稀といふ厄迎へたる

雪催ひ慰問太鼓の七里浜

雪掻ひて錠の解かれし迎え門

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